─ 62年ぶりの非上場株式評価見直しと、事業承継税制の見直し、両議論を攻めの経営で逆手に取る

◆ 何が変わろうとしているか
 オーナー経営者の事業承継に直結する二つの見直し議論が大詰めを迎えています。

  一つ目は、国税庁「取引相場のない株式(以下、非上場株式)の評価に関する有識者会議」(第5回、2026年8月20日)で示された評価制度の「たたき台」です。 1964年の財産評価基本通達制定以来62年ぶりの抜本的な見直しで、会社規模区分に応じた類似業種比準方式と純資産価額方式の案分適用を廃止して、「残余利益方式(簿価純資産+超過収益)」への原則一本化が方向として示されました。 早ければ2028年から適用される見通しです。租税回避スキームへの厳格対応も一体で検討されており、一時的な利益や株主構成の操作・工夫による評価額圧縮手法が封じられる方向です。
 
  二つ目は、中小企業庁「中小企業の親族内承継に関する検討会」(第6回、2026年8月5日)の報告書案です。 一定要件のもと贈与税・相続税の納税を100%猶予する事業承継税制 特例措置(2027年12月31日期限、承継計画申請は同年9月30日期限)の単純な延長議論ではなく、賃上げや設備投資を実践した企業の猶予税額を「免除」に切り替える制度への再設計が検討されています。 
  この背景には、現行制度の活用により早期の事業承継や株式の集約には一定の効果が出ているものの、経営者交代という新たな成長ステージへの移行タイミングにおいて、事業承継税制が十分な効果を発揮できていないとの政策上の問題意識があります。 その根本には、後継経営者の間で、制度上猶予されている納税が将来的に発生する懸念が残り続けるため、賃上げや設備投資等の積極的な投資に踏み切れない事情もあるとされています。

◆ 見直し方向性に対する見解
  非上場株式の評価方法の見直しに関しては、日本商工会議所より評価額上昇による相続税増加をつうじた事業承継への悪影響や成長投資の手控えを懸念する意見が出ています。 筆者も、政府の掲げる「強い経済の実現」に逆行することのないよう、評価手法の合理性(特に、純資産に加算される超過収益の算出方法や水準)と中小企業への影響の十分な事前検証が必要と考えます。
  他方、見直しの方向性そのものについては、筆者は賛同したいと考えています。 株式評価の原則一本化は、会社規模による評価方法の違いに起因する過度の租税回避や不公平感の排除、そして所謂「争続」回避の視点から「公正な価値」を追求する一環として良い流れと考えます。 事業承継税制の「猶予から免除へ」の転換は、中小企業の成長を税制が後押しするという本来の政策目的に立ち返るものです。 世代を超えて企業活力を引き継ぎ、さらなる成長機会としての活用を通じて地域経済に貢献することは、社会共通の願いと重なると考えます。
  一点、今回の議論からは外れますが、2015年から引き下げられた相続税の基礎控除額(現行:3,000万円+600万円×法定相続人数、引き下げ前:5,000万円+1,000万円×法定相続人の数)については、物価高・地価高騰など、その後今日に至る経済環境の大きな変化を踏まえ、早期の見直し(引き上げ)が望ましいと考えます。 起業家のアントレプレナーシップや、承継を志す後継者のオーナーシップに対して、過度な税負担懸念がブレーキをかけることが無いよう、挑戦(リスクテイク)による成功が報われ、次世代へ活力をつなぎ続けることができる柔軟な制度対応をお願いしたいと思います。

◆ 税制の行方に関わらず、今すぐ動くべき三つのこと
  税制の見直し動向に関わらず、事業承継の実効性を高め代替案の選択肢を増やすと考えられる、経営者にとっていただきたい行動を3つ提案します。

【提案1】 「企業価値を上げる経営」が最大の承継対策になる
  非上場株式は一物一価の評価が困難なため、詳細なルール(財産評価基本通達)のもとで税制運用が行われています。 その結果として、株価対策は「ルールのもと、いかに評価を下げるか」が中心テーマとなっています。 役員報酬や退職金で利益を引き下げ、優良資産を子会社に移す──今後、こうした手法は、「正常利益ベースの評価」「グループ全体評価」への見直しが行われると活用できなくなります。
  逆説的ですが、これをチャンスと捉えることができます。 株価対策に費やしていたエネルギーを「本当の収益力を上げる経営」に注力することで、実際の企業価値や企業体力をさらに高め、後継者にとって真に「引き継ぎたい会社」となる可能性を高めることにつながります。 企業価値向上の効果は、M&Aを活用した人材獲得や、銀行融資活用による成長投資、さらには想定以上に高い価格での売却等、選択肢を広げることにもおよびます。
  税制議論と経営戦略は実務的にも別ものであり、異なる専門的なアプローチが必要となりますが、こと家族経営の中小企業においては、限られた経営資源の有効活用の観点からも、またファミリーガバナンスの考え方の浸透・普及の観点からも、可能な限り表裏一体、同一ベクトル(方向性)で追求してゆくことは重要と考えます。

【提案2】 後継者の早期育成が、税耐性と成長の両立につながる
  中小企業庁の分析によれば、贈与による承継は相続による承継より、承継後1年目から売上高の伸びが顕著に高いというデータがあります(出典:中小企業庁 第6回検討会資料1)。 このことは、一般的に贈与による承継の方が相続より十分な承継準備期間(助走期間)を持てることで、承継後の成長にプラスの影響を与えていることを示唆しています。 付け加えれば、「計画的な後継者検討と、十分な育成期間の確保」により、承継後の企業価値向上・納税原資確保・賃上げ余力獲得等を実現するための「戦略的対応」の重要性が増していることを示唆しています。

【提案3】 「承継戦略・計画書」を対外ツールとして活用しよう
  事業承継計画を「税務申請用の書類」として引き出しの中に仕舞っていないでしょうか。 今日、この計画書は従来にも増して経営戦略上の重要ツールとなっています。 どのように事業承継を実現して行くかを検討することは、すなわち「現状の経営・事業課題を洗い出し、その解決策を検討し、実行計画に落とし込む」ことであり、経営戦略・計画の策定そのものです。 合わせて創業者(現経営者)の思いや理念、次世代への承継方針を記すことで、承継に伴う変革期・移行期の経営方針となり、ファミリービジネスとしての永続を考えるならば、家族憲章の原型となるものです。
  ぜひ、お手持ちの、ないし頭の中にある計画書原案に加筆して、対外的に語れる「承継戦略・計画書」に昇格させてください。 この一枚が、家族・後継者・税制・取引先・M&A・金融等──すべての関係者との有効な対話ツールとなります。

◆ 事業承継をいつか必ずくる「経営の集大成」と捉えることで、制度変更の議論のたびに慌てることもありません。むしろ、ひとつひとつの変化を「行動を開始するきっかけ」として利用していただきたいと思います。
  御社の後継者は、今、「引き継ぎたい」と思っていますか。そして、経営者各位におかれては「引き継がせたい」という会社を作れているでしょうか。 この問いへの答えが、税制対策を含めた戦略的承継対策の出発点になります。 どうぞお気軽にご相談ください。 

【このコラムの4つのポイント】
①税務上の非上場株式の評価方法は62年ぶりに抜本的な見直しへ。類似業種比準方式は廃止方向で、新「残余利益方式」では収益力が高い会社ほど評価額が上がる可能性があります。評価圧縮スキームは使えなくなる方向です。

②事業承継税制は「猶予から免除へ」転換を議論中。賃上げ・投資を実践した企業への免除規定の創設が検討されています。なお現行の特例措置適用(承継実行)期限は2027年末であり、承継計画申請期限は2027年9月30日です。

③税制改正への最善の対応は「価値を上げる経営」「後継者の計画的な早期育成」「承継戦略・計画書の対外発信ツール化」の三つ。これらは税制の行方に関わらず、選択肢を広げ事業承継を好機につなげる取り組みです。

④制度が変化し始める今、現状評価と課題設定、そして将来ありたい姿に向けた実行プランのイメージ作りを始める好機。信頼できる中立的な外部専門家との早期の対話が最初の一歩になります。