── 「成長投資ガイダンス」から考える中小企業の課題とは
先月7月21日、経済産業省が「成長投資ガイダンス」および「同データ集」を公表しました。同日付け公表の「コーポレートガバナンス・コード改訂版」と合わせて、昨年11月に閣議決定された「強い経済を実現する総合経済対策」の実施を後押しする、主に(先ずは)上場企業を対象とした実務指針です。以下、同ガイダンスおよびデータ集から注目点と筆者考察をお届けします。
◆ 10年超の「宿題」が、ガイダンスになった
欧米上場企業との比較検証に基づき、ガイダンスが直視する日本の構造問題は三つです。
①欧米対比で低い成長投資(設備・研究開発・人件費)規模(注1)
②成長ステージに応じた投資と株主還元のバランス不全
③価値棄損セグメントへの高い資本滞留率
(注1)対売上高成長投資比率(成長投資=設備投資+研究開発費+人件費、2023年度):米国29.4%・ユーロ圏27.2%に対し日本17.7%。日米格差は約1.7倍。(成長投資ガイダンス データ集)
これらを解消するために、新たにEconomic Profit(EP:資本コストを上回る付加価値)と言う指標を企業・株主・投資家・銀行等の共通指標に設定し、単に「投資を増やそう」という掛け声ではなく、投資の質と資本の再配分の両面において、企業・経営者・ステークホルダー、そして根底にある社会の意識変革と行動変容を促しています。
◆ 「人材投資の遅れ」と「事業再構築・資本再配分の遅れ」への処方
投資格差の主たる要因の一つは、設備投資比率ではなく人件費比率の低さです。2023年度の上場企業の対売上高人件費比率は日本が10.4%にとどまるのに対し、米国は18.8%、ユーロ圏は18.1%。人件費が略半分を占める研究開発費比率も日本2.2%に対し米国4.8%、ユーロ圏3.4%と差があります。一方、設備投資比率(CAPEX)は日本5.1%・米国5.9%、ユーロ圏5.8%と近い水準にあり、格差は人材投資でより顕著です。
この構造はOECDの平均賃金統計でも裏付けられます。購買力平価(PPP)調整済みドルベースで2013年と2023年を比較すると、米国は71,827ドルから82,078ドルへ約14%増、ドイツは63,829ドルから68,104ドルへ約7%増。対して日本は49,937ドルから49,173ドルへ微減です。(出典:OECD「Average Annual Wages」、Statista集計)
「賃上げは単なる分配政策ではなく、人材を惹きつけ生産性向上投資を促す『供給力強化政策』そのもの」とガイダンスは言います。人への投資なくして、EPの改善も持続的成長も成り立たないとの危機感の表れと理解します。
主たる要因のもう一つ、価値棄損セグメントへの資本滞留については、事業再編成のための戦略的(注2)なM&A活用により、価値創造セグメントへ資本の再配分・集中が求められています。
(注2)自社では価値棄損セグメントとして切り離した事業を、他社では中核事業として資本を集中して価値創造セグメント化する、ベストオーナー原則に基づく戦略。
なお、この過程では人材の流動化を伴います。 再チャレンジやそれを支えるリカレント教育のインフラ整備、そして(以下私見ですが)それら社会的な挑戦/チャレンジに不可分に内在するリスクに見合った待遇水準の向上を含めて「人材投資」として受容することも、社会全体の課題として、同時並行した議論と行動が必要になると考えます。
◆ 追い風をつかむための、中小企業三つの備え(考察)
本ガイダンスが対象とする上場企業が今後、成長投資・資本再配分/事業再編成を加速すれば、そのサプライチェーンに連なる中小・中堅企業にも、機会とリスクが同時に訪れます。受け身でいれば取り残され、以下の様に能動的に備えた企業には大きな追い風となります。
第一は「投資需要の取り込み」です。上場企業の設備・研究開発投資の積極化は、部品・素材・技術・専門サービス等、多様な需要をもたらします。ただし波に乗るには、中小企業側にも応分の投資・研究開発負担と経営の備えが必要です。中長期の成長戦略・事業/投資計画・資金計画を一体で描き、計画進捗を適切に管理する「経営の質の向上」が前提になります。
第二は「人材投資の連鎖」です。上場企業が人件費を成長投資と位置付ける流れは、中小企業にも波及することが期待されます。ただしそれは自動的には起きません。適正コスト(人件費を含む)を取引価格へ適切に転嫁する交渉力──取適法を活用しながら、戦略的・継続的に進める経営姿勢が問われます。
第三は「選び、選ばれる存在価値の強化」です。上場企業の事業再編が加速すれば、取引先のオーナーや戦略が変わる局面が増えます。その際には、強みとなる技術・人材・サービスの差別化・集中と、経営の質向上を通じて、取引パートナーとの互恵関係を発展的に再構築すること(すなわち変化への攻めの対応)が、中小企業としてのリスクヘッジであり付加価値の向上にもつながるのです。
◆ 経営者の皆様への問いかけ
成長投資のなかでも、設備への投資は比較的に可視化しやすく説明もしやすい。しかし人への投資は効果が見え難くリスクも多様で説明し難い。その「難しさ」が10年超にわたり積み重なり、今日の賃金差につながったと感じます。
御社では、従業員への投資を「コスト」として見ていますか、それとも「事業の可能性への先行投資」として見ていますか。より多くの経営者の皆様の、この問いへの答えの大きなベクトルが変わるとき、日本の社会・経営の景色も少し変わってくると思っています。
彩羽経営アドバイザリーでは、現下の課題対応へのソリューション提供・実行支援のみならず、強くて活力ある日本経済の復活に向けて、中長期成長戦略の策定および必要な変革プランおよび実行計画の策定・推進も支援してまいります。
