── 取適法施行を機に、委託者と受託者の関係を深化させるために


◆ 「名称変更」に込められた政策メッセージ

2026年1月1日、長年にわたり発注者(親)と受注者(下請)の間の上下関係を前提に取引是正ルールを規定してきた「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」が改正され、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法(略称:取適法))として新たに施行されました。

改正内容(後述)はもちろんですが、法律の名称変更に込められた政策背景も注目されています。

「下請け」という言葉には、発注する大企業と受注する中小企業との間にある、否定しがたい力関係を上下関係として捉えるニュアンスがありました。

取適法においては、旧来の「親事業者」が「委託事業者」、「下請事業者」が「中小受託事業者」へと言い換えることで、「委託と受託の対等で専門的なパートナー関係」を法律面からも後押し担保したもの、と読むことができます。

改正の主なポイントですが、第一に、「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」──価格協議を無視したり、先延ばしにしたりすることが明確に違反とされました。

第二に、「手形払い等の禁止と60日以内現金払いの義務化」──手形払いが禁止行為に明示されるとともに、電子記録債権などの代替手段であっても「支払期日までに代金満額を現金で受け取ることが困難なもの」はすべて禁止されます。
実質的に「受領後60日以内の現金等払い」が確定要件となりました。

第三に、「適用対象の拡大」──従来の資本金基準に加えて従業員基準(製造業など300人・サービス業など100人)が新設され、これまで資本金基準では法の保護外だった取引も新たに対象となりました。

第四に、「執行の強化」──公正取引委員会・中小企業庁に加え、事業所管省庁の大臣も指導・助言権限を持つ「面的執行」体制が整えられました。

一方、現場の動きはどうでしょうか。

取適法施行直後(2026年1月30日~2月6日、有効回答5,152社)に実施されたアンケートでは、2025年度中にコスト上昇分の一部でも価格転嫁できた企業は約6割(57.1%)にとどまっています。

さらに深刻なのは、取適法施行を受けて「価格交渉に臨む」と答えた企業が26.6%と3割に満たず、「取適法を把握していない」企業も4.1%(215社)ありました。(出典:東京商工リサーチ「2025年度に価格転嫁できた中小企業は57.1%」2026年2月公表)

法制面、行政面の支援策が出そろい、今後は受注者である中小企業がどう活用してゆくかが問われることになります。

◆ 価格転嫁の「先」にある、本当の目標

既に対応中の場合であっても、取適法を「価格を上げるための後ろ盾」として使うに留めていないでしょうか。
この法改正をきっかけに、経営管理の質そのものをより一段上げることで、取引先との関係を「コスト転嫁の交渉相手」から「事業パートナー」へと深化させる好機となりえます。

そのために必要な具体的なアクションを、段階的に整理してみます。

【アクション1】 「自社の原価を正確に把握」して交渉ストーリーを描く

適正価格への最大の交渉材料は、論理的な根拠です。「材料費が上がったから値上げしてほしい」という言い方では、発注側は動きにくいものです。

「主要材料費がこの2年で○%上昇し、当社の製品単価への影響額は○円です」という具体的な数字を示せるかどうかで、交渉の成否・進捗が変わります。
そのためには、品目別・仕入先別の原価データを継続的に記録・管理する仕組みが必要です。

難しいシステムは要りません。まず、エクセルで月次の仕入コスト推移を記録するだけでも、説明力は大きく上がります。

【アクション2】 「交渉資料の準備」を定例業務に組み込む

中小企業庁の適正取引支援サイトには、価格交渉の実例集や交渉ツールが公開されています。(https://tekitorisupport.go.jp/)

毎年3月と9月に設けられた「価格交渉促進月間」に合わせて定期的に価格協議の場を設けることが、最初のかつ効果的な第一歩となります。

「年に2回は必ず取引先と価格について話し合う」という新たな慣行を根付かせることができれば、取引先との関係を新たなフェーズに引き上げることができます。

【アクション3】 確保した利益を「人材と生産性性向上/開発への投資」に充てる

適正利潤を確保することは、経営者が社員に対して負う責任でもあります。

2025年版中小企業白書には、ニッチ分野での研究開発と競争力強化によって価格決定力を高めた事例や、原価管理の強化と適正価格設定の見直しによって業績改善を実現した旅館業の事例が紹介されています。(出典:中小企業庁「2025年版中小企業白書」第6節 価格転嫁)。

共通するのは、「適正な価格を取れるようになった→その分を人材や設備に投資した→取引先が求める品質・納期に応えられる力がついた→さらに価格交渉力が高まった」というサイクルを意識的に創り出していることです。

取適法が掲げる「構造的な価格転嫁の定着」とは、まさにこのサイクルを日本全体のサプライチェーンに広げることを目指していると言えるでしょう。

中小企業が賃上げの原資を確保し、人材に投資し、生産性が上がり、取引先にとってもより価値の高いパートナーになる。それが実現してはじめて、「委託者と受託者の互恵関係」が、実態を伴うものとなります。

「手形払い禁止、受領後60日以内の現金払い」原則化も、受注側にとって実質的な恩恵です。

資金繰り改善や管理コスト低減を通じて生じる余力を、価格交渉の準備や管理体制の整備に回す発想の転換にもつなげることができます。

◆ 今、問い直すこと

長年の取引関係への恩義や、値上げによる顧客離れや受注減を恐れる余り、コスト増を自己負担していることは無いでしょうか。

人件費や労務費の増加分を、発注側が納得する方法で(定量的に)提示することが難しいと感じていないでしょうか。

経営者として「自社のコストを正確に把握した上で、その根拠をきちんと説明する」ことは、従業員や取引先に対して誠実で当然の責任を果たすことだと考えます。

取引先もまた、会社の状況を根拠をもって説明する経営者を、長期的なパートナーとして信頼するのではないでしょうか。

御社では、自社のコスト構造を社長自身が数字として把握できているでしょうか。

そして、「なぜこの価格でなければならないか」を、取引先に説明できる準備ができているでしょうか。

彩羽経営アドバイザリーでは、今回の改正が、中小企業経営者の意識と行動を変えるきっかけになり、取引先との関係がより戦略的な事業パートナーへと発展する機会となるようご支援してまいります。